志賀直哉の旧居を訪ねて

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東京行きの帰りに寄った奈良。
友人が生駒にいるため、今までも何度か訪れたことはあり、気に入っている土地だ。
歴史の探索ができる場所がいくつもあって、ゆったりとした公園があって、鹿がいて、昔の建物や通りが残っている。
京都と違って奈良は落ち着いていて、それによそ者にもわりと寛容な感じがする。
こちらも構えなくていいから楽だし好きだ。

今回は、長らくメル友(?)だった人が、仕事の都合で東京から奈良へ移っていたので、その人に会うのが目的だった。
ついでに、僕がまだ見ていない奈良を案内してもらった。
奈良公園を皮切りに、ぶろぶらと市内を一日かけて歩いた。
そのなかでも、奈良町を散策しながら入った「佐久良」という吉野葛のお店は、ものすごく僕の心を楽しくさせた。
町家の佇まいは気持ちを凛とさせてくれたし、作りたてのくずもちは、今までのくずもちの概念を覆す食感とおいしさだった。
あと2~3皿食べてもよかったなあ。
今後奈良を訪問する際は、毎回必ずここに来ることにしようと思う。

もっとも印象深く残っている場所は、志賀直哉旧居だ。
この建物は、外から見るより中はずっと間数が多く、ずっと洒落ていた。
和洋がうまく溶け合った食堂で、管理をしている女性の方から、細かなインテリアの細工についてゆっくりと伺った。
内容もさることながら、その話しぶりから、その方がこの館を大事に思う気持ちが伝わってきたのが清々しかった。

1階書斎からの庭の眺めも良かったが、2階客間からの外の眺めは、なかなか比べるものがないぐらい贅沢だった。
大きなガラス窓を通して目に入るもののなかに、現代的な建築物が何ひとつないのだ。
眼下には整った庭があり、向こうには奈良の山々。
すべてが自然のなかにすっぽりと納まり、不自然な色が何もない。
思わずそこに座り込んでしまったが、ついに写真は撮らなかった。
今となっては撮っておけばよかったという気がするが、そのときは撮ろうという気が起こらなかった。
心に焼き付けておきさえすれば、などという気障なことを考えていたわけではなく、ただなんとなく。
ここもまた訪れたい場所となった。

さて、志賀直哉の家へ行ったのはいいけれど、この作家のことはあまり知らず。
『暗夜行路』は読み通しておらず、他に「城の崎にて」や白樺派だっということぐらいしか知らなかった。
そこで今、『暗夜行路』を読んでいる。
3分の1ほど読んだが、とにかく読みやすい。
彼の簡潔できちんと描写された文章は、小説書きの手本とされていたらしいが、そうだろうとうなずける。
この長編を読みながら、他の短編にも目を通している。
なにせ、『暗夜行路』以外は短編で、それもかなり短いものが多いので、読むのには楽だ。
それから、太宰治が志賀直哉を徹底的に批判している「如是我聞」。
ざあっと読んでみたが、一言でいうと、僕の太宰への印象はまた悪くなった。
でも、『暗夜行路』を読んでいるだけでも、太宰の言い分もわかる気がする。
悩みの軽さ、浅さという意味では、確かにそうだと思うから。
これについては、また別に書こうと思う。

ともあれ、奈良は何度でも訪れたい。
だから、古い友人も新しい友人も、できる限りそこを離れずにいてほしい。
そんなわがままなことを僕は願っているのである。

コメント(2)

こんにちは。
志賀直哉の旧邸って奈良にあったんですね。
wikiを見ると、いろんな文化人がそこに尋ねてきたとか。
蕎麦の「玄」にも是非どうぞ。


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