tweet1

<ようやく50ツイートになったので、とりあえずまとめとしてアップしておこうと思う。>

(前々ツイートの続き)基地問題のジレンマは、だだっ広い空地がない日本では、どこかが必ず犠牲にならざるを得ず、そして誰も犠牲にはなりたがらないということでは? その意味で、辺野古周辺でまとまりかけていた経緯を、民主党はもっと大切にすべきだったと思う。
10:25 PM Apr 19th webから

Raining all day. I like the sound of rain. It inspires me a feeling of tranquility.
9:55 PM Apr 19th webから

@namatahara 狭い国土と人口を考えたら、どこに移すにしても大問題になるのは必至。鳩山さんはそれを安易に考え過ぎたのではないでしょうか。漠然と理想論で批判していればよかった野党時代の言動が、今となっては足枷になっていると思います。本人もどうしていいのか分からないのでは?
8:02 PM Apr 19th webから namatahara宛

あまり寝てないのに、妙に気持ちいい。シャワーを浴びて、バゲットとサラダと果物を食べた。今朝のコーヒーはうまい。
10:02 AM Apr 19th webから

makoto_naruke ノルウェー首相、ニューヨークで足止め食らうもiPadで対応@CNN 鳩や谷や亀はiPadを知っているのだろうか。 http://bit.ly/cyxjWT
1:11 PM Apr 18th webから
あなたと100+人がリツイート

3月は川端康成の小説をいくつか読んだ。
きっかけは、図書館で目にした石原慎太郎の『三島由紀夫の日蝕』。
そのなかに、次のようなことが書いてあった。

あるとき、三島と石原の間で「最近の川端作品のなかで何が好きか」という話題になった。
「みずうみ」と答えた石原に対し三島は、あの小説は破綻していてドロドロしていると嫌悪感を示したという。
三島が好きだったのは「千羽鶴」だった。
しばらくして、石原が川端本人に何が好きか聞いてみたところ、石原同様に「みずうみ」が気に入っているということだった。
そのことを石原が三島に伝えると、三島が不安そうな顔になった、という話。

サイドバーを見てもらったら分かるとおり、twitterを始めてみたとです。
「そんなにつぶやきたいかあ?」というのが、ながらくわたくしのtwitterに対する基本的態度だったわけですが、昨晩ふと「いや、これは面白いかも」と気が変わったしまった!
そうなると、すぐにしないと気が済まないのです。

しばらく、どんなものか集中的に続けてツイートしてみたい。
このブログ読んでる奇特な方で、アカウントを持っていらっしゃる方がいれば、フォローしてちょうだいませ。

ブクログでレビュー書いたのも、自動的にリンクとして載ります。

数学にはまる日々

受験勉強の面倒を見ていた生徒が無事、公立高校に合格した。
最後の最後まで、「これ分からなかったら、小学生よりレベル低いぞ」と僕に散々罵られながら、よく頑張ったもんだと思う。

別に良い高校に行ったり良い大学に入ったからといって、何か人間に差があるかといえば何もないのだが、受験勉強それ自体はそんなに悪いものではない。
意識が高ければ一生涯勉強は続く。
受験勉強には、その意識と学力の基礎を作る役割が十分にあると思う。

そもそも釈迦にとっては

ブッダのことば―スッタニパータ』(中村元訳、岩波文庫)を読んだ。
巻末の解説によると、スッタニパータは最初期の仏教の聖典らしく、聞き慣れている大乗仏教の教えとはかなり隔たりがある。

しかし、中村元も註釈のなかでさりげなく書いていたが、釈迦にはそもそも仏教という特別な宗教をつくる意識はなかったはずで、あったとすれば、「よく生きる」「よく死ぬ」とは何か、という問いの探究しかなかったはずだ。
だから僕らは、はるか後世につくられた大乗仏教の煩瑣な教学に囚われすぎてはいけないと思う。
ましてや、その教学に基づいて、「自分たちの信仰だけが正しい」、「自分たちの行動がいちばんの正義だ」、「自分たちだけが真実の生き方をしている」などと傲慢になってはいけない。
冷静に原点に帰ってみよう。
そこには、「これしかダメだ」という特別な祈りの方法も特別な経典もない。

大地にキスを

うららかな一日。
土の匂いが風に乗ってやってきた。
家の裏手へ行ってみると、案の定、田んぼの土が掘り起こされていた。
ここでも春への準備が始まっている。

亀山郁夫著『ドストエフスキー 共苦する力』(東京外国語大学出版会、2009年)を読みながら、近いうちにまたドストエフスキーを読破してみようかなと思った。
ドストエフスキーを読むと、何か自分を見透かされているようで怖くなることがある。
と同時に、そんな自分を大きな心で包んで励ましてくれるような暖かみも感じる。
数年前、ある出来事がきっかけで『罪と罰』を久しぶりに読んだときもそうだった。
僕は怖くなり、そして最後に泣いた。
怖れと救われた気持ちの入り混じった涙だった。

優雅な野蛮

立春。
なんとも美しい字面とその音の響き。
「暦の上では立春ですが」と、枕詞のように冷え込みの厳しさが指摘される立春。
僕の印象でも、この日は寒さに震えることが多いような気がする。
今年もまた然り。
こんな日は温泉に入りたい。

ここ2日間、仕事の関係でずっと写真を撮ったり画像処理をしたり。
楽しいが、目が疲れるし、右腕と右肩がだるくなる。
そんなときは家の風呂ではなく、温泉に入りたい。

だから、旅館の20畳ぐらいある大風呂に、ひとりゆっくり浸かった。
これが最近の手っ取り早いリフレッシュとストレス解消の方法。
裸になって動物に戻って、地球の生命力の恩恵を受ける。
なんとも本能的な自然との交わり。
えぃ、先進的なつもりでいる欧米人に野蛮と言われたって、かまうものか。
こんな優雅な野蛮なら、いくらあったっていい。

しかし野蛮人もすぐに現代人に戻って、ビールを飲むのです。
こんなときは、プレミアム・モルツが格別にうまい。

プレミアム・モルツ

AFP認定研修が修了

夕方デスクを見ると、きんざいからAFP認定研修の修了証書が届いていた。
1月末だとは知っていたが、こんなものが書留ではなく普通郵便でふつうに届くと、ちょっと拍子抜けする。

中を見ると、AFP認定研修修了証明書というのと、きちんとした修了証書が入っていた。
ひと月ちょっと前、最後のライフプラン提案書を締切数分前に提出したときには、こんな急いで書いた内容で大丈夫だろうかと不安だったが、ちゃんと合格点は取れていたらしい。

ライフプラン提案書
<作成した提案書の目次>

東京行きの帰りに寄った奈良。
友人が生駒にいるため、今までも何度か訪れたことはあり、気に入っている土地だ。
歴史の探索ができる場所がいくつもあって、ゆったりとした公園があって、鹿がいて、昔の建物や通りが残っている。
京都と違って奈良は落ち着いていて、それによそ者にもわりと寛容な感じがする。
こちらも構えなくていいから楽だし好きだ。

今回は、長らくメル友(?)だった人が、仕事の都合で東京から奈良へ移っていたので、その人に会うのが目的だった。
ついでに、僕がまだ見ていない奈良を案内してもらった。
奈良公園を皮切りに、ぶろぶらと市内を一日かけて歩いた。
そのなかでも、奈良町を散策しながら入った「佐久良」という吉野葛のお店は、ものすごく僕の心を楽しくさせた。
町家の佇まいは気持ちを凛とさせてくれたし、作りたてのくずもちは、今までのくずもちの概念を覆す食感とおいしさだった。
あと2~3皿食べてもよかったなあ。
今後奈良を訪問する際は、毎回必ずここに来ることにしようと思う。


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